東京オリンピック、マラソン・競歩のコース変更で思うこと

毎日のようにワイドショーなどで東京オリンピックのマラソン・競歩のコース変更について取り上げられています。しかしこの問題の本質っていったい何なんでしょう?

スポーツに詳しくないコメンテータが感情論を繰り広げ、「都民が反対!」とか、都知事までもが自分たちの正当性を主張。

「IOC(国際オリンピック委員会)の決定方法が悪い」
「組織委員会と東京都の関係性に問題がある」といった議論に始まり、
「IOCの商業主義が問題だ!」
「オリンピックはいらない!」
などと話が飛躍している感が否めません。
(オリンピックの意義について書き出すと話が長くなりますのでここでは控えます。)

 

一方で、本番を想定して行われた「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」で選ばれた選手たちが困惑している様子も取り上げられています。

暑さやコースへの対策を練って出場し、その権利を勝ち取ったにもかかわらず、コースが札幌に変更になる。これまでの苦労が水の泡とは言わないまでも、対策を練り直す必要が出てくるのも事実です。


普通に考えればその大きなきっかけを作ったのが、今年9月末から10月初旬に行われてカタールの首都ドーハでの世界陸上。女子マラソンでは出場した68人中28人の選手が途中棄権し、競歩でも出場選手から批判が相次ぎました。

この結果を受けて、国際陸連が進言し、IOCは速やかに対処した。
それが話の本質ならば、答えは明確ではないでしょうか?

スタート時間を変更したりすることで選手の安全が守られ、東京で開催することが可能なのか?それとも諸般の事情は一旦横に置いておいてでも、少しでも涼しい札幌に変更するか?大会開催まで残り時間が限られている中で、会場の決定権利を持つIOCが強権発動した…としてもそれは何ら不思議なことではないでしょう。

 

つまり「選手ファースト」
選手の身体の安全性を最優先した。そう考えれば何もおかしなことではありません。

 

「沿道で多くの人が応援してくれる。それが走る力になる。だから東京で開催してほしい」こういった意見もありました。56年ぶりの日本での夏季オリンピック。ラグビーワールドカップで見られたような大盛り上がりを期待すると、沿道の観衆が多いほうがよいのかもしれません。

でも夜中に走ったら、沿道に多くの観衆は出てこれないのでは?と思うのは私だけでしょうか。

 

この時期に開催場所を変更すればいろんな問題が生じるのは当たり前だけど、それより大切なものがある!

そう考えて決定した。私はそう信じたいのですが、違うのでしょうかね?

それともっと大きな問題は、夏季オリンピックの時期はさまざまな事情からこの時期に決まっている以上、今後開催する場所でも同じような問題が起こるかもしれません。ということは…?もっと涼しい地域でオリンピックを行う。マラソンは冬季オリンピックで行う?あるいは南半球で行う?

話が飛躍してしまいましたが、実際は地球の問題として、温暖化対策を地球に住む私たちが考えていかなければならないのではないでしょうか?これも話が飛躍しすぎ?

よくわからなくなっているオリンピックのマラソン問題について書いてみました。